大東会館 過去の活動の記録

大東会館のホームページ上において行つてゐた案内・告知を掲載

武士道研究会第二十三回例会御案内

神武天皇の御実在とその紀元について 発表者・大山晋吾 
神武天皇の御実在に関しては論を待たない。今上陛下は第百二十五代の天皇陛下におはします。そこより、御歴代を百二十五代遡った初代の天皇様の御事を私共は「神武天皇」とお呼び申し上げる。もし、初代の天皇様が実在されてゐなければ、今上陛下がおはします筈が無く、逆に今上陛下がおはしますが故に、初代神武天皇様は実在されたわけである。
「神武紀元」は、推古天皇九年に、シナの時間思想「讖緯(シンヰ)の説」《辛酉の年には革命が起こり、六十年(還暦)を二十一回経た千二百六十年目の辛酉の年には、大革命が起こるとする説》を用ゐて想定された。そこで、推古天皇九年(六〇一年)の辛酉の年から千二百六十年遡った辛酉の年を神武天皇元年と定めた為、遡りすぎた年数の無理が、草創期の歴代天皇の御年齢に皺寄せを生じた。
歴史上、神武天皇の御在世は西暦紀元前後と見られるが、神功皇后朝鮮出兵・三六九年を基点に、一世代を三十年と考へて、実際に神武天皇の活躍された時期を推定申し上げ、その神武創業期に想ひを馳せてみたい。


矢田一嘯と佐野前励―蒙古襲来図の制作と日蓮の巨大銅像建設(下) 発表者・大山晋吾
佐野前励上人は、福岡県浮羽の本仏寺住職にして、博多東公園の傍らに聳え立つ日蓮聖人の巨大銅像建設に尽瘁した、気骨一徹の明治人であった。その眼光は鋭く、もの静かな人柄の内には豪傑の気性を宿してゐた。
前励上人は、日蓮聖人の大銅像の建設を決意し、全国の信者に喜捨を呼びかけ、或いは護国大演説会を開き、また元寇の大幻灯会を開いて全国津々浦々をめぐった。喜捨を求める行脚の中で、誤解を受け、石つぶてを以って迎へられる事もあったが、屈する事なく、明治三十七年十一月、見事に日蓮の巨大銅像を完成させた。そして、矢田に右巨大銅像台座のレリーフ原画制作を依頼する。
矢田は、その原画を描き上げ、その後、前励上人が建てた元寇紀念館附属「楽殿」に移り住み、次々に蒙古の油画を描き、記念館に飾り付けた。元来、無欲恬淡で常に貧しかった矢田に対し、上人は援助を惜しまず、矢田を訪ねるたびに、金包みを密かに差し入れて帰って行ったといふ。矢田は、かゝる前励上人の徳に感じ、全身全霊で上人の為に絵を描いた。ここに明治といふ時代の生んだ天才画家と一大宗教家の交はりを眺めたい。


■日時 2月12日(金)午後7時より
■会 場 大東会館 港区北青山3−3−27
■会費 千円(懇親費、但し学生は無料)
■幹事 藤本隆之/福永武/細見祐介/大山晋吾


次回予告
3月27日(土)午後7時より
水戸藩の修史事業」山本直人
「水戸学に於ける元寇の認識」大山晋吾氏
(現地調査報告)「宗助国と平景隆、また少弐資時―對馬・壱岐元寇反撃の遺跡を訪ねて―」