大東会館 過去の活動の記録

大東会館のホームページ上において行つてゐた案内・告知を掲載

武士道研究会第二十六回例会御案内

■「武」の精神が日本を救ふ 発表・倉山満氏

現在の我が国の状況は亡国前夜である。では祖国を救ふ解決策は何か。実は分かるはずなのに誰も言はないし、やらない。それは「武」の精神を取り戻すことである。
剥き出しの暴力と悪意に囲まれてゐる国際社会で生存するには何が必要か。「獅子の腕力と狐の知恵」である。そして知恵は歴史にある。歴史に学ばない民族は滅びる。現代の日本人が、どれほど間違った歴史認識により、政治や経済で力を失ってゐるか。
例えば、幕末の日本人は、ペリー如きに脅されて泣く泣く開国したのだらうか。その時代にアヘン戦争などで苛められる「可哀想な中国」などが存在したのだらうか。いづれも嘘である。
我々の先人たちがどのやうな歴史認識を持ち、そして未曾有の危機を乗り越えたか、について述べる。


吉田松陰先生「七生説」 幹事・大山晋吾 
松陰先生は、「七生説」の中に、「私を役して公に殉ずる者を大人と為し、公を役して私に殉ずる者を小人と為す。故に小人は體滅し気竭くるときは、則ち腐爛潰敗して復た収むべからず。君子は(略)體滅し気竭くるとも(略)獨り古今に亙り天壌を窮め、未だ嘗て暫くも歇まざるなり」と記されてゐる。公の為に命を捧げられた人の魂は永遠に生き、私の為にのみ生きた人は、寿命の尽きると共に腐乱潰敗し、この世から雲散霧消して仕舞ふと。私共、日々の生活の中で常に反省を迫られる名言と言へよう。
では、その永遠なる魂とは、七生に蘇る魂とは一体誰の事を指すか。楠木正成公である。楠公湊川で討死の際、弟君正季公に何か申し残す事は無いかと尋ねられ、正季公は「七度びまでも只同じ人間に生まれて、朝敵を滅さばやとこそ存じ候へ」と答へられた。これ、七生報國の語の由来である。
松陰先生は、嘉永三年三月以降三度び湊川楠公の御墓を拝し、涙を流された。この時、先生の胸に楠公の魂が蘇ったものと言へよう。以後の先生は、尊王と攘夷の誠を一心に貫かれた。現に、先生の絶筆『留魂録』の最後にも、「七たびも生きかへりつつ夷をぞ攘はむこころ吾忘れめや」と七生の精神が書き留められ、また「討たれたる吾れをあはれと見ん人は君を崇めて夷拂へよ」と記されてゐるのである。
実に、楠公は、松陰先生の魂の中に蘇り、先生は今楠公として幕末動乱の中に命を捧げられた。かやうに人の心と古人の魂とが涙によって結ばれた時、歴史は一つに繋がり、世の中を動かす大いなる力となるのである。


■文献紹介「ハロルド・イッケスの秘密日記」 発表・日下晋太郎氏
ルーズベルト大統領の内務長官を務めたハロルド・イッケスは、その秘密日記の一九四一(昭和十六)年十月十八日の条に「長い間、私は第二次大戦参戦への最良の道は日本を通じてのものである事を確信してゐた。(中略)そこで、言ふまでもなく、我々が日本と戦争を開始するならば、それは必然的に我々をして独逸との戦争に導く事にならう」(For a long time I have believed that our best entrance into the war would be by way of Japan.…if we go to war against Japan,it will inevitably lead us to war against Germany.)と記してゐる。
これ、ルーズベルト大統領の内務長官、第二次大戦中は特に石油産業を統率した責任者ハロルド・イッケスの言である。わが国への「石油禁輸」を断行し、日米開戦の一大要因をもたらした担当相の彼故に、右秘密日記の記載は、歴史的に重大な告白と言へよう。
実に、イッケスは、第二次大戦(欧州大戦、特に対独戦)参戦への最良の道は、ドイツと軍事同盟を結んでゐた日本と開戦する事である旨、述べてゐるのである。
アメリカは、まさに当時ドイツに空爆され危殆に瀕してゐたイギリスを救はんが為、日本といふ裏戸から第二次大戦(欧州大戦)に参戦し、ドイツを屈服させようとしたのであった。
来年は、日米開戦七十年の節目の年となる。今回より何度かに亘り、日米開戦関係の重要文献を紹介してゆきたい。


■日時 5月28日(金)午後6時半
■会 場 大東会館 港区北青山3−3−27
■会費 千円(但し、懇親費。学生無料)
■幹事 藤本隆之/福永武/細見祐介/大山晋吾


次回予告
次回は六月十八日(金)
吉田松陰先生「評天下非一人天下説」等