大東会館 過去の活動の記録

大東会館のホームページ上において行つてゐた案内・告知を掲載

「武士道研究会」第三十三回例会(十二月二十日《月》)の御案内

■「帝国憲法は日本を守る憲法だった」倉山満氏
幕末において、なぜ志と最高の教養を持つ日本人は命懸けで戦ったのか。立派な憲法と議会を持つ文明国にならうとしたからである。そして長年の努力の末に勝ち取った大日本帝国憲法は、自国の歴史と伝統に立脚しつつ、国際標準を乗り越えて諸外国に日本は文明国だと認めさせた憲法であった。まづ、歴史を思ひ出す必要がある。
憲法とは国家統治の基本法である。つまり、国家を守るために憲法があるのであって、憲法の条文を守るために国民を犠牲にしたり国家を滅ぼすことは許されない。その意味で、日本国憲法は異常であり、帝国憲法こそが普通の憲法なのである。
帝国憲法とはどういふ憲法だったのか、どの条文がどのやうに国民を守るやうになってゐたのかを、大英帝国などとも比較しながら平易に解説する。


■松陰先生『講孟箚記』滕文公下篇第九章「人心ヲ正す」 日下晋太郎氏
十月(第三十一回例会)、十一月(第三十二回例会)の研究会は、都内と山口県萩市の松陰先生関連史跡を巡り、先生の魂魄に直に触れて戴かうとするものであった。参加された方のお一人禎碧さんは、『道の友』七一八号にその所感を寄せられたが、実に先哲の精神を感得せられた、魂からなる言の葉が綴られてゐて、誠に感銘を深くした。▼「志士たちの 雄叫(おたけ)び聞こゆ 回向院 あまたの骸(むくろ) 埋づもりをれば」「回向院 庭のみ墓は静けくも 地下に轟く 魂(たま)の雄叫び」(回向院に詣でゝ)▼その地に立てば、日本人であれば、誰しも胸に迫り来るものがあらう。感極まるものがある。これが、我々の血の中に宿る民族のこころであり、大和魂といふものである。歴史とは、この内に眠る心を奮ひ起こし、目覚めさせてくれる、まさに国難に殉ぜられたら先人たちの連綿たる魂の結晶と言へよう。▼さて、半島情勢が一触即発の状態である。楽観的に考へたいが、素行先生の「変の至るや知るべからず、あに怠るべけんや」の覚悟が肝要であらう。一旦、北が砲撃を加へれば、米・韓両軍が報復し、同盟国たるわが国も必然的に巻き込まれよう事は、火を見るよりも明らかである。▼ただ、今何が最も大切か。それは、武器・兵力も然(さ)る事乍ら、一刻も早く、民心、人心を正す事である。▼松陰先生は、『講孟箚記』滕文公下篇第九章に「群夷、競ひ来ル、國家ノ大事トハイへドモ、深憂トスル二足ラズ。深憂トスベキハ、人心ノ正シカラザルナリ。苟(いやしく)モ、人心ダニ正シケレバ、百死以テ國ヲ守ル。其ノ間、勝敗・利鈍アリトイヘドモ、未ダ遽(にわか)ニ國家ヲ失フニ至ラズ。苟モ、人心先ズ不正ナラバ、一戦ヲ待タズシテ國ヲ挙テ夷(えびす)二従フニ至ルベシ。然レバ、今日最モ憂フベキ者ハ、人心ノ不正ナルニ非ズヤ。」と記され、人心を正す事の急務を説かれてゐる。▼更に、これに続けて「近年来、外夷ニ対シ國体ヲ失スルコト少カラズ。其ノ茲(ここ)ニ至ル者、恐レナガラ、幕府諸藩ノ将士、皆其ノ心不正二シテ、國ノ為ニ忠死スルコト能(あた)ハザルニ因(よ)ル。」とし、近年、わが国が外国から侮られ国家の体面を損なってゐるのは、幕府諸藩の将士の心が不正で、国に身を捧げる誠が無いからだと批判されてゐる。現代で言へば、世の政治家、閣僚の心が不正で、国家、公を重んずる心の毛ほども無いから、他国に舐められて、尖閣を侵され、北の領土にいつまでも居座られるのだといふ事にならうか。▼人心、民心を正すと言ふ。我々は国政に与(あづか)る者ではない。よって、人の心を正すのではなく、自らの心を正すのである。▼只々、友々呼び合って相集まり、先哲の道を学び、時に歴史を探訪して、直に先人の魂魄に触れ、自らの洗心にこれ努めるほか道は無からう。請ひ願はくは、この集ひの輪の少しでも大きく拡がりゆかむ事を。

■会場 大東会館 港区北青山三の三の二七
■日時 十二月二十日(月)午後六時半
■幹事 藤本隆之/福永武/細見祐介/大山晋吾
■会費 千円(資料代五百円・懇親会費五百円を含む・但し学生無料)